「われに五月を」
*
もとから五月が好きでした。
初夏に向かいみどりが芽吹く気候にこどもの頃はわくわくとしました。四月の、雪がすべて融けきってしまうそのすこし前も好きでしたが、日ざしの心地よさを感じはじめる五月がとても好きでした。
*
フランスの詩人であるジャック・プレヴェールに「五月の歌」という詩があります。
これは詩であり歌詞です。鳥と民衆と愛の詩人とも言えるプレヴェールの詩の多くは、ジョゼフ・コスマらによって曲がつけられ、シャンソンとして唄われました。*1
「五月の歌」もそうした詩の一つです。
そしてそのシャンソンは、映画『王と鳥』の劇中で使用されたことで知られています。
『王と鳥』はプレヴェールその人が脚本を担当したアニメーション映画です。日本でもファンが多く、宮崎駿と高畑勲もその前身の『やぶにらみの暴君』から強く影響を受けたと公言しており、その関係でスタジオジブリがリバイバル上映とDVDの再販をしたことで近年ふたたび脚光を浴びることとなりました。*2
王様が秘密の部屋に籠ってひとりオルゴールを聴くシーンで「五月の歌」が流れます。
字幕で高畑勲が訳出した歌詞が表示されるのですが、それがとてもよいのです。
ロバと王様と私
明日はみんな死んでます
ロバは飢えで
王様は退屈で
そして私は恋で
ロバと王様と私
明日はみんな死んでます
ロバは飢えで
王様は退屈で
そして私は恋で
時は五月
人生は さくらんぼ
死はその種
そして恋は さくらの木
わたしは、はじめに詩への関心があり、宮澤賢治に興味を抱き、文芸を研究するに至りました。
しかしながら具体的に好きな詩はあまり多くはなく、そのなかの一つであり、もっとも大事な詩とおもえるのがこの「五月の歌」です。
プレヴェールの詩集は機会があれば買うようにしていて、自室にはいま小笠原豊樹、北川冬彦、嶋岡晨、高畑勲、平田文也、渡辺兼直の翻訳によるものがあります(原著も数冊あるものの辞書がなければまるで読めません)。
それらのいくつかに「五月の歌」も採られていますが、少なくともこの詩に関しては抄訳ながら上に引用した高畑勲のものが白眉であるとおもいます。
なお、同じ高畑勲の手によるものであっても選詩集『鳥への挨拶』での訳は微妙に違っています。敬体の口語だからこそ『王と鳥』での訳が好きです。
ところで、寺山修司も〈五月〉を好んで繰り返した詩人でした。
そして寺山はしばしばプレヴェールに言及しており、たとえば国内外の詩篇を集めた「あなたのための人生処方詩集」にはプレヴェールの「夜のパリ」と「朝の食事」を収めています。
直接的には「ジョーカー・ジョー」というメルヘン(ジュリエット・ポエット)で「五月の歌」を引用しています。
はじめの作品集で《僕は五月に誕生した》と述べた寺山修司は、プレヴェールを知ることによって〈五月〉のイメージを強化することとなったのではないかと考えます。それは《時は五月》というフレーズを好んだことからもうかがえます。
*
もとから気候が好きであり、それからプレヴェールや寺山修司を好むようになり、なにとはなしに五月を特別に感じていました。
それがことし犬をめぐっていろいろとあり、たしかに特別な月になりました。
来年の五月にじぶんが何をおもうのか、予測はつきませんがやはり五月が好きだろうとおもいます。
Amazon.co.jp: 「王と鳥」オリジナル・サウンドトラック - 音楽
文芸 カテゴリーの記事一覧 - 〈棄想天蓋〉:文芸とポップカルチャーを中心に