アブノーマルな、余りにアブノーマルな:A・チュツオーラ『薬草まじない』(1981)
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九月に文庫化された、エイモス・チュツオーラの『薬草まじない』を読みました。
岩波文庫では『やし酒飲み』につづき二冊目、ちくま文庫の『ブッシュ・オブ・ゴースツ』を含めると三冊目の文庫化です。わたしはチュツオーラをそれほど読んでおらず、文庫二冊とトレヴィルから出ていた二冊と合わせてこれが五冊目でした。
ことし読んだ本のなかで、いちばんおもしろかったかもしれません。
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チュツオーラはナイジェリアの作家です。ブッシュとジャングルを舞台とする旅の物語を得意とします。
その作中世界はきわめて神話的であり、清清しいまでに展開がめっちゃくちゃです。
たとえば『やし酒飲み』では、そんな話は聞いてないよ、という設定がぽこぽこと出てきます。
一人称の語り手が唐突に《神々の父》であると自称したり鳥になって空を飛んだりします。知らない単語や登場人物の名前も説明なしに出てきます。
そしてもうご都合主義ってレベルじゃないくらいに都合よく話が進みますが、無敵に等しいはずの語り手の設定は頻繁に忘却されてその度に危機に陥ったりもします。
常識的な論理を超えたところにある謎理論と超展開に、ここまで何でもありなのか、と脳髄が震えあがってしまいます。*1
もちろん『薬草まじない』も読者の期待を裏切りません。
この物語は、語り手である《わたし》が石女[うまずめ]の妻に子宝を授けてもらうために《さい果ての町》をめざして旅をするというものです。
はじめから終わりまで実にいろいろな事件が起こるのですが、道中で登場する敵がいちいちおもしろいのです。なにがおもしろいかというと体を表すその名前です。
『やし酒飲み』で旅の妨げとなるのは主として〈幽霊〉や〈精霊〉であったのに対し、『薬草まじない』ではそれが町の人間と区別される〈野生の人間〉となっています。
なかでももっともインパクトがあるのは《ジャングルのアブノーマルな蹲踞の姿勢の男》でしょう。野生の人間のひとりであるこの男は何度か作中に顔を出すのですが、すっかり作品に惹きこまれてしまったわたしは、次はいつ《ジャングルのアブノーマルな蹲踞の姿勢の男》が出てくるのだろうかと待ち遠しくなってしまいました。
ネーミングといい様式化された戦闘場面といい、この男が出てくるとわくわくします。
また、章立てがない代わりとして細かく小見出しがついているのですが、これもなかなかにぶっとんでいます。
とくに後半、終局に近づくにつれてだんだんと適当になっていくのか、その小見出しで嘘でしょと笑ってしまうほどネタバレをしてきます。これほど盛大にネタバレする見出しを、わたしは他に知りません。
それもあって最後の最後まで夢中で愉しむことができました。
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進むのがもったいなく、できるだけゆっくりゆっくりと読みました。
チュツオーラには絶版ながらまだ何冊か邦訳された作品があるので早いうちに集めてしまいたいです。
ことしは研究をさぼり気味で、その分の空いた時間でよいペースで本を読めています。
この『薬草まじない』と、チャールズ・ユウ『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』の二冊はとくに印象に残りました。
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