ロマン化される結核、そして軽井沢
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NHKの『ブラタモリ』が好きで、欠かすことなく録画しています。
その地域の地形的な成り立ちを重視し、古地図とその痕跡を足掛かりとして散策を進めていく点がとてもおもしろいです。本筋とはなんら関わらない真空管についての雑談などのノイズが挿まれる点もおもしろいです。
最新回(#16)は「軽井沢」でした。
《軽井沢はなぜ日本一の避暑地になった!?》というのがこの回の問いです。
問いに即して、まず、中山道の宿場町であった軽井沢が明治期に宣教師をはじめとする外国人が避暑のために別荘を建てたことによって変容したという歴史的な過程が跡付けられました。
次いで、その土地が火砕流にならされて平地となったという地形的な特徴が確認されました。
最後に、野沢源次郎らにより西洋風の町並みを築いたうえで上流階級の日本人を集めるという戦略的な別荘地造営が行われたことが明かされました。
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さて、いつも通りにおもしろかったのですが、一つ残念だったのは〈結核〉が出てこなかったことです。
数年前に公開された宮崎駿のアニメーション『風立ちぬ』によって堀辰雄が再注目され、それにともない結核という病い、療養地としての富士見や軽井沢も話題となりました。
そうした背景もあり、避暑地としての軽井沢の成立と発展を主題とするのであれば結核に触れるに違いない、どのような形で触れるのだろう、と予告の時点からいつにも増して期待値を高めていました。
結核療養の歴史、とりわけその文化史的側面については福田眞人『結核の文化史』(名古屋大学出版会、1995)、『結核という文化』(中公新書、2001)で詳説されています。これらを参考にしつつ、軽井沢とも無関係ではない避暑と療養について簡単に整理します。
風光明媚で空気が清浄なかつての転地療養地の多くは、今日では観光地や別荘地となっています。それは日本に限ったことではなく、ヨーロッパでもスイスアルプスをはじめとする山岳リゾート、ピサやナポリ、あるいはニースやモナコなどといった海浜リゾートの多くが該当します。
近代において避暑と療養は一体であり、そもそも避暑地に付き物の「別荘」とは体のよい病人隠し、病人を隔離する絶好の方法でもありました。
(たとえば宮澤賢治は、農学校辞職後に実家からほど近い「羅須地人協会」と名付けた宮澤家別荘で農耕自炊の生活を送ろうとしますが、その別荘こそは祖父の結核療養のために建てられ、のちには賢治の妹トシも同様に結核療養をした場所でした。)
そのような避暑≒療養のなかでも、サナトリウムに入り専門医と看護師に囲まれて優雅に静養することは財力と時間の余裕がある富裕階級のみに許された特権でした。
外界から遮断されたサナトリウムという美しい閉鎖空間での生活はT・マン『魔の山』に代表される結核文学のモチーフとなり、〈結核〉という病いのロマン化を助長することとなります。
多少は異論の余地もありそうですが、近代日本における結核文学の嚆矢は徳冨蘆花であり頂点は堀辰雄であると言えるでしょう。そしてロマン化された〈結核〉のイメージと紐づけられたもっとも重要な土地は軽井沢であると言えるでしょう。
避暑地として、別荘地として、そして療養地として軽井沢は近代日本の重要な位置を占めてきました。
軽井沢が「美しい村」として認知される過程には〈結核〉が少なからず寄与しています。
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《軽井沢はなぜ日本一の避暑地になった!?》という問いを設定するのであれば、以上のような「避暑」のもつ意味についても『ブラタモリ』的な視点から掘り下げてくれると嬉しかったです。
ただし、繰り返しますが、今回も大変におもしろい回でした。
永くつづいて欲しい番組です。
Amazon.co.jp: 結核という文化―病の比較文化史 (中公新書): 福田 真人: 本